横浜地方裁判所 昭和48年(ワ)609号 判決 1976年1月30日
本訴原告反訴被告
原昭治
右訴訟代理人
本橋政雄
同
武藤泰丸
本訴被告反訴原告
国
右代表者
稲葉修
本訴被告
国家公務員共済組合連合会
右代表者理事長
竹村忠一
右両名指定代理人
武田正彦
外六名
主文
(一)本訴原告の各請求をいずれも棄却する。
(二)反訴被告は、反訴原告に対し別紙第一物件目録記載の土地について、昭和一六年四月三〇日時効取得を登記原因とする所有権移転の登記手続をせよ。
(三)訴訟費用は、本訴反訴とも本訴原告反訴被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、本訴について
(一) 原告
1 被告両名は別紙第一物件目録記載の各土地が原告の所有であることを確認する。
2 被告国家公務員共済組合連合会は別紙第二物件目録記載の各建物を収去したうえ、被告両名は、原告に対し右の各土地を明渡せ。
3 訴訟費用は被告両名の負担とする。
4 右2につき仮執行の宣言。
(二) 被告両名
1 主文第一項、第三項同旨。
二、反訴について
(一) 反訴原告
1 主文第二、第三項同旨。
(二) 反訴被告
1 反訴請求を棄却する。
2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。
(以下、本訴原告反訴被告を単に原告と、本訴被告反訴原告国を単に被告国と、本訴被告国家公務員共済組合連合会を被告連合会と略称する。)
第二 当事者の主張
一、本訴請求の原因
(一) 別紙第一物件目録記載の土地(以下本件土地という。)は、原告の家に代々伝来する土地であつて、原告の先々代、訴外亡原良之助が昭和一五年二月二六日死亡したので、原告の先代、訴外亡原三郎が家督相続によりその所有権を取得し、次いで、右三郎が昭和三四年三月九日死亡したので、原告が相続によりその所有権を取得し、その旨の相続登記を昭和三六年三月二九日横浜地方法務局戸塚出張所にて済ませ、その後今日に及んでいる。
(二) 被告国は、本件土地を国有地と称してこれを被告連合会に貸与し、被告連合会は、本件土地上に大船共済病院付属の別紙第二物件目録記載の各建物(以下、本件建物と略称する。)を建築して所有している。
(三) 被告らの右の(二)の行為は、いずれも原告に対し対抗できる何らの正当な権原がなくして行うものであるから、原告は、本件土地に対する所有権に基づき本訴請求に及ぶ。
二、被告両名の認否
(一) 請求原因(一)のうち、本件土地につき原告主張の各移転登記のあることは認めるがその余は争う。(二)は認めるが、(三)は争う。
三、本訴抗弁(反訴請求の原因)
(一) 被告国は、当時の所管庁である旧海軍省が昭和一三年四月ころ原告の先々代訴外亡原良之助から、もしくは昭和一六年四月ころ原告の先代、訴外亡原三郎から本件土地を買収し、その所有権を取得したものであり、右日時ころに本件土地とともに買収した本件土地近接周辺の土地については、所有権移転の登記が完了したところ、本件土地についてのみ登記手続が未了のまま放置されていたにすぎない。
(二) 仮に右の主張が容認されない場合には、被告国は時効により本件土地の所有権を取得した。
すなわち、本件土地は、前記年月ころから国有地として旧海軍燃料廠敷地に使用されてきたが、昭和二〇年一〇月三一日、旧海軍省から大蔵省に所管が換えられ、関東財務局横浜財務部所管の国有財産として平穏かつ公然と自主占有を始めて占有を継続してきた。したがつて
(1) 昭和一三年四月三〇日から二〇年の経過により、
(2) 仮にそうでないとしても、昭和一六年四月三〇日から二〇年の経過により、
(3) 仮にそうでないとしても、昭和一八年一月一九日から二〇年の経過により、
(4) 仮にそうでないとしても、昭和二〇年一〇月三一日から二〇年の経過により、
いずれも本件土地を時効取得している。
四、抗弁(反訴請求原因)に対する認否否認。<以下略>
五、再抗弁(反訴請求原因に対する抗弁)
(一) そもそも、国民の私有財産権は、憲法上保障されているから、被告国としては、国民の私有財産に対する時効取得の援用は、権利の濫用として許さるべきでない。すなわち、被告国は、本件土地に対し占有の始めから有過失、悪意であつて、かかる占有は右憲法上の保障により許されないのは言うをまたないところ、たとえ、占有の始めにおいて善意無過失であつたとしても、過失が有ることが明らかになつたのちは、本件土地を真の権利者である原告に返還すべきであり、もしも公共のため必要がある場合には、適当な補償をなすべきである。
(二) 本訴請求原因(一)後段で原告が主張するとおり、原告は本件土地の相続による所有権移転登記申請手続を被告国の機関たる前記法務局に対してなしたところ、同局によつてこれを受理されたから、被告国により本件土地の所有権が原告の先代、亡三郎、したがつて、原告に帰属することの承認を与えられたので時効は中断する。
(三) また、前記相続開始直後、原告は、被告国の機関である横浜戸塚税務署に本件土地の相続税を納付したところ、同税務署によりこれを受領されたから、(二)同様、被告国により本件土地の所有権の承認を与えられたので、時効は中断する。
(四) 被告国は、左記のとおり、本件土地が原告に属することを十分認識し、かつ原告に対しこれを認めてきたから、時効の利益を放棄したものであり、もしくは、時効中断となる承認に該当する。<以下事実省略>
理由
一本訴請求原因(一)のうち、本件土地につき原告主張の各移転登記のあることならびに(二)は、当事者間で争いがない。
二原告は本件土地について相続に因る所有権を主張するに対し、被告両名はこれを否認し、反訴請求の原因(一)として被告国による買収を主張するので、取調べると、被告らの全立証をもつてしてもこれを認めるに足りない。<証拠判断略>。
三次に、本訴抗弁、反訴請求の原因(二)について取調べると、<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。
すなわち、本件土地を含む近接周辺の土地は昭和一三年ころは農地(田)であつたこと、そのころから右の土地は旧海軍燃料廠の用地に転用されることになつたこと、右の用地転用には賃貸借、使用貸借の方法によらないで専ら買収により行われたこと、右の買収手続は旧海軍省施設部により行われたこと、本件土地の周辺にある横浜市戸塚区桂町字中耕地二七九番の一、二九三番の一、二九二番の一、二八七番の二の各土地はいずれも旧海軍省により買収されたこと、右訴外亡原良之助名義の同所三一七番の一、二九三番の二の各土地も同じように買収されたこと、右の三一七番の一には同訴外亡人が住んでいたが右の買収により同所三一九番の土地に移転したこと、旧海軍省としては本件土地を含む近接周辺一帯の土地について買収手続が完了したものと信じたこと、それで昭和一六年春ころの四月一〇日ころには国有地である旧海軍燃料廠用地と隣接民有地との境界に側溝を掘り板塀を設置する工事をしたこと、その後本件土地上には車庫、冷蔵庫、米穀倉庫等が建築されたこと、その他本件土地を含む用地内に次々と所要の建物が建てられて第一海軍燃料廠として活動を開始し終戦まで続いたこと、その間本件土地を含む旧海軍燃料廠敷地は旧海軍省の所管国有財産として占有管理されてきたこと、その間訴外亡原良之助、同原三郎からは本件土地の使用につき何らの苦情も異議も申出られなかつたこと、右の土地は終戦にともない昭和二〇年一〇月三一日旧海軍省から大蔵省に所管が移され、関東財務局横浜財務部所管の国有財産として占有管理されたこと、昭和二〇年一二月一日以降被告国から被告連合会の前身である財団法人共済協会に使用が許可され、その後引き続き被告連合会付属大船共済病院診療用および職員住宅として使用されてきたこと。
<証拠判断略>
以上の認定事実によれば、被告国が本件土地を買収したと認めるには十分ではないが、被告国は旧海軍燃料廠敷地として買収した他の土地と同様、本件土地についても買収によりその所有に帰したと信じて善意で自主占有を開始し、国有地と民有地との境界を明確に区別するため、昭和一六年春ころ側溝、板塀等の設置工事を進行させ、これを完成させたと推認される時期、すなわち、同年四月末日以降本件土地に対する自主占有の事実が客観的にも明らかに看取されるから、その後本件土地を所管する被告国の機関に変更があつても、終始、被告国の国有財産として平穏かつ公然と占有管理されてその占有を継続し、二〇年後の昭和三六年四月末日の経過をもつて取得時効が完成したものと断定できる。<以下一部省略>
四原告の再抗弁(反訴請求原因に対する抗弁)について取調べると、(一)については、判示認定のとおり、被告国は占有の始めから善意であり、その後においても過失が生じたものではないから、被告国の悪意、有過失を前提とするその主張は、理由がなく、(二)(三)については、登記の事実については当事者間で争いがなく、納税の事実についてはこれを認めるに足る証拠がないところ、たとえ原告において登記および納税の各事実があつたとしても、所管を異にする機関に対してなされたものである以上、被告国の承認とはいえず、(四)については、それにそう<証拠>は措信し難く、ほかにこれを認めるに足る証拠がなく結局右の主張はいずれも採用しない。
五そうであるならば、所有権に基づく本訴原告の本訴被告両名に対する本訴請求は、理由がないから失当としていずれも棄却することとし、反訴原告国の反訴被告に対する反訴請求は、理由があるので正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(加藤廣國 山田忠治 戸舘正憲)
物件目録、図面<省略>